北海道 / AREA GUIDE
旧函館区公会堂などの歴史建築と、元町公園からの港の眺め。坂道を歩いて函館を知るエリアです。
写真や説明を読み、気になる場所を選んでみましょう。
中心から約1.5kmを目安にした周辺検索エリアです。正式な地域境界や徒歩圏を示すものではありません。
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その他
元町配水場は函館山ロープウェイ山麓駅の近くにある水道施設。明治期から函館市民に水を供給し、創設時の中区配水池と1896年完成の高区配水池を備える。開港都市の衛生を支えた近代土木の史跡で、現在も働く設備には立入範囲を守って訪ねたい。
参考資料:元町配水場(資料をもとに当サイトが作成)
自然
入江山は函館山西側にある入江山の登録地点。近くには旧函館要塞の入江山観測所跡があり、単なる市街の展望台とは違う山地の歴史をたどれる。観測所跡とは少し座標が違うため、登山道の分岐と遺構の位置を案内図で確かめ、足元に注意して歩きたい。
参考資料:函館山ガイドブック(資料をもとに当サイトが作成)
歴史・文化
入江山観測所跡は函館山の入江山に残る旧函館要塞の観測所跡。砲台からの射撃に関わる観測施設の遺構で、同じ山の御殿山第二砲台跡とは役割と位置が異なる。一般開放された登山道から見学できる範囲を確認し、コンクリート遺構の崩れや段差に注意したい。
入船児童公園は函館港北西端の入船地区にある児童公園。弁天岬台場跡に近いが、公園自体は地域の子どもの遊び場であり、砲台遺構と同じ施設ではない。港の散策途中に立ち寄る際は園内の利用ルールと出入口を現地で確認したい。
参考資料:函館市の公園・緑地(資料をもとに当サイトが作成)
八幡坂は函館山麓の元町から港へ真っすぐ下る坂。坂上から坂下の海と係留船を見通せる景観で知られ、周辺の教会群や旧函館区公会堂を歩く散策路に組み込みやすい。坂の名はかつて上部に函館八幡宮があったことに由来し、車道を横断する際は交通に注意したい。
参考資料:これが王道!元町散策(資料をもとに当サイトが作成)
街並み・景観
函館クリスマスファンタジーは金森赤レンガ倉庫付近の港で冬に行われるイルミネーション行事の登録地点。歴史的な煉瓦倉庫と海を背景に光の演出を楽しめるが、毎年の開催日や会場の範囲は変わる。常設の施設ではないため、訪問前に当年の公式日程を確認したい。
函館中華会館は元町に残る中国清朝様式の会館。開港後に函館に暮らした中国人の交流と信仰を伝える建物で、洋風の領事館や教会とは異なる意匠を見られる。内部が常時公開されるとは限らないため、建物の保存状況と見学可否を現地の案内で確認したい。
参考資料:函館西部地区まちあるき(資料をもとに当サイトが作成)
函館厳島神社は函館港北西側の弁天町付近にある厳島神社。海に面した港町の信仰を伝え、近くの弁天岬台場跡とは時代も目的も異なる。山上大神宮や函館護国神社とも別の社で、祭神や祭礼の由緒は境内の掲示を確認して参拝したい。
函館山展望台は函館山頂にある市街と港を見渡す展望施設。陸繋島の地形により両側の海と街並みが一望でき、夕暮れから夜の景観で知られる。函館山全体を示す登録とは別の具体的な観覧地点で、ロープウェイや道路の運行状況は訪問前に確認したい。
函館市文学館は元町・末広町の港に近い区域にある文学資料館。函館ゆかりの作家や挿絵画家の作品を紹介し、開港都市の文化を建物と展示からたどれる。函館公園内の市立函館博物館とは別施設なので、展示内容と休館日を確認して訪ねたい。
参考資料:市立函館博物館(資料をもとに当サイトが作成)
函館運上所跡は幕末の箱館港で船や交易を扱った運上所の跡。現在の港町の建物そのものではなく、開港に伴う行政の仕事が行われた場所を示す。ペリー来航記念碑や旧西警察署の周辺とあわせて歩くと、港の管理が変化した歴史をたどれる。
参考資料:箱館丸(資料をもとに当サイトが作成)
北南山 高野寺は函館山東南麓にある高野寺の登録地点。高野山にちなむ山号・寺号を持つ仏教施設として、函館公園から海側の地域を歩く際に見られる。宗派や本尊は名称だけで断定せず、門前の由緒を確かめたい。周囲の住宅地と墓参者に配慮して訪ねる。
北海道第一歩の地碑は函館港近くに立つ、北海道へ渡る人々が最初に足を下ろした場所を記念する碑。開港地・函館が本州との玄関口だった歴史を伝え、新島襄の海外渡航碑とは逆方向の旅の記憶を示す。碑文と旧桟橋との位置関係を現地で確かめたい。
北海道警察発祥の地は元町公園近くにある北海道の警察制度の始まりを伝える碑。箱館奉行所や開拓使など行政施設が集まった地区に置かれ、港町の治安を守る仕組みの変化を知れる。碑が示す年と組織名は現地銘文を確認し、旧北海道庁支庁庁舎とは別の史跡として見たい。
芸術・学び
嘉兵衛資料館は末広町にある高田屋嘉兵衛資料館を指す短い名称の登録地点。北前船による交易と箱館の発展を伝える資料館で、近接する『箱館高田屋嘉兵衛資料館』と同じ施設の可能性が高い。別館を推測せず現地の入口と展示案内を確認したい。
参考資料:箱館高田屋嘉兵衛資料館(資料をもとに当サイトが作成)
土方歳三と新選組隊士の供養碑は船見町の称名寺境内にある土方歳三と新選組隊士を弔う碑。箱館戦争で亡くなった人々をしのび、土方本人の確定した埋葬地を示すものとは限らない。かつての新選組屯所だった旧称名寺跡とは別の場所で、墓参者に配慮して静かに手を合わせたい。
参考資料:土方歳三と箱館戦争、激戦の歴史を訪ねる(資料をもとに当サイトが作成)
妙心寺は函館山の南東側にある寺院の登録地点。元町の教会群や船見町の称名寺から離れた地域の仏教施設で、函館の信仰が山麓の各所に広がることを示す。宗派や由緒は寺号だけでは断定せず、山門の掲示を確認して静かに見学したい。
安田倉庫記念ギャラリーは函館のベイエリアにある倉庫建築を利用したギャラリーとして登録された地点。港の物流を支えた建物を文化展示に使う函館らしい再利用の一例で、金森赤レンガ倉庫群とは別の場所である。現在の展示と開館状況は現地の案内を確認したい。
参考資料:西部地区の歴史的建造物群(資料をもとに当サイトが作成)
実成寺は函館公園南側にある寺院の登録地点。公園内の市立函館博物館とは別の信仰施設で、山麓の南側にも寺院が点在することを示す。寺号と参拝入口を現地で確かめ、堂内公開の有無を推測せず、法要や墓参に配慮して訪ねたい。
寶尋常高等小学校跡地は函館市街の東側にあった寶尋常高等小学校の旧所在地を示す登録地点。現在の学校校舎ではなく、地域の教育史を伝える碑や標識として見るべき場所である。開校・閉校時期と校名の正確な旧字表記は現地説明を確認したい。
少年海員の碑は函館山東麓の海を望む場所にある少年海員を顕彰する碑。海運の町として発展した函館で若い船員の歩みや犠牲を考える地点で、箱館戦争の軍人墓所とは主題が違う。建立の趣旨と人物名は碑文を読んで確かめたい。
市立函館博物館郷土資料館 旧金森洋物店は1880年建築の旧金森洋物店を使った郷土資料館。開拓使の煉瓦を用いた店舗建築に、明治期の商家や港町の暮らしを伝える資料を展示する。函館公園内の市立函館博物館本館とは別の場所で、建物の外観も見どころとなる。
参考資料:旧金森洋物店(資料をもとに当サイトが作成)
常住寺は函館山南東麓にある寺院の登録地点。新善光寺や新注連寺が近くにあり、函館公園から南側の町を歩くと寺院の並びを見られる。宗派や創建の由緒は現地の案内に従い、墓地や住職の生活区域に無断で入らず静かに見学したい。
弁天岬台場跡は函館港の北西端に築かれた幕末の砲台跡。箱館戦争では旧幕府軍と新政府軍の戦いに関わり、港を守る軍事施設の位置を示す。函館山上の近代要塞砲台とは時代が異なり、周囲の公園や港湾施設から案内板を探して見学したい。
御殿山第二砲台跡は函館山の御殿山に残る旧函館要塞の砲台跡。海上防衛のための近代軍事施設で、砲座の形からかつての配置を読み取れる。幕末の弁天岬台場跡とは年代も場所も違い、登山道から公開された範囲だけを安全に歩いて見学したい。
成田山眞言寺は函館山北麓の船見町にある真言宗寺院の登録地点。称名寺、高龍寺など多くの寺院が並ぶ坂の町に位置し、港町の仏教信仰の厚みを感じられる。寺号と山門を現地で確認し、堂内の公開や参拝方法は寺の案内に従いたい。
参考資料:台町の表情(資料をもとに当サイトが作成)
新善光寺は函館山南東麓にある寺院の登録地点。元町の称名寺や高龍寺が集まる北側とは離れた地区に位置し、山麓の各所に仏教の信仰が広がることを示す。善光寺信仰との具体的な関係や宗派は山門の由緒を確かめ、法要や墓参を妨げず見学したい。
新島襄 海外渡航の地碑は後に同志社を創設する新島襄が、1864年に箱館から海外へ向かったことを記念する港近くの碑。鎖国の禁を犯して渡米を目指した出発地点を伝え、開港期の函館と海外のつながりを知れる。赤レンガ倉庫近くの新島像とは別の位置なので、碑文を読んで歩きたい。
参考資料:新島襄海外渡航の地碑(資料をもとに当サイトが作成)
新撰組屯所跡(元称名寺)は箱館戦争時に新選組が屯所とした、かつての称名寺の所在地。現在は函館元町ホテル付近に案内板があり、現存する称名寺の寺域とは場所が異なる。土方歳三が箱館の警備に関わった時期の史跡として、現在の建物と旧跡を区別して訪ねたい。
参考資料:新撰組屯所跡地(資料をもとに当サイトが作成)
新注連寺は函館山南東麓の寺院として登録された地点。近くの新善光寺や常住寺とは別の位置にあり、山麓に寺院が密集する景観をたどれる。寺号の読みや宗派、現在の公開状況は地図名だけでは分からないので、山門の表記と現地案内を確認して訪ねたい。
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