東京都 / AREA GUIDE
上野恩賜公園の緑と文化施設、アメヤ横丁の商い。公園と町の違う表情を一度に味わえます。
写真や説明を読み、気になる場所を選んでみましょう。
中心から約1.8kmを目安にした周辺検索エリアです。正式な地域境界や徒歩圏を示すものではありません。
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歴史・文化
感應稲荷神社。稲荷信仰に基づく小社として浅草の路地に残り、町の暮らしと商いを守る祈りを伝える。浅草の神社は町ごとに異なる祭神や行事を伝える。浅草寺と浅草神社の大きな参道だけでなく、地域の小社にも目を向けて歩ける。
参考資料:浅草神社について(資料をもとに当サイトが作成)
摺鉢山古墳(すりばちやまこふん)は、東京都台東区上野公園にある古墳。形状は前方後円墳。紫竹川古墳群を構成する古墳の1つ。史跡指定はされていない。
説明の出典:摺鉢山古墳 · 日本語Wikipedia執筆者 · CC BY-SA 4.0(抜粋・短縮)
教證寺は、不忍池西岸の池之端にある真宗大谷派の寺院。高承山と号し、江戸初期の教證院に由来すると伝わる。『下谷區史』を引く寺院資料では、教證院は本願寺教如の長女で、寛永寺二世公海の母にあたる。寺は1667年に教證寺と改称されたとされ、上野の仏教寺院間のつながりを伝える。
参考資料:教証寺(資料をもとに当サイトが作成)
敬覚寺は西浅草の真宗大谷派寺院。度重なる火災で創建当初の史料が失われ、山号の円頓山が伝わる。江戸の市街地拡張と火災後の寺院移転によって、東上野・元浅草・西浅草に寺町が形成された。個々の寺では山門や由緒書きから、その寺だけの歩みを確かめたい。
参考資料:敬覚寺の由緒(資料をもとに当サイトが作成)
芸術・学び
文京ふるさと歴史館(ぶんきょうふるさとれきしかん)は、東京都文京区本郷にある歴史博物館である。1991年(平成3年)に開設された。主に文京区周辺の文化財を公開している。
説明の出典:文京ふるさと歴史館 · 日本語Wikipedia執筆者 · CC BY-SA 4.0(抜粋・短縮)
温泉
台東区元浅草にある銭湯
説明の出典:日の出湯 · Wikidata · CC0(抜粋・短縮)
日本サッカーミュージアム(にほんサッカーミュージアム、英語: Japan Football Museum)は、かつて公益財団法人日本サッカー協会が2002 FIFAワールドカップの開催を記念して日本サッカー協会ビル(JFAハウス)に設けていた展示施設・企業博物館。
説明の出典:日本サッカーミュージアム · 日本語Wikipedia執筆者 · CC BY-SA 4.0(抜粋・短縮)
可否茶館跡地は、台東区上野一丁目にある喫茶店史の記念地点。1888年に西黒門町で開業した可否茶館は、日本最初の喫茶店として知られる。台東区によると、かつて店があった場所には跡地の碑が残る。上野から続く喫茶文化の始まりを示す場所で、周辺の今の喫茶店とあわせて歩くと街の変化を感じられる。
参考資料:地点の歴史資料(資料をもとに当サイトが作成)
自然
旧岩崎邸庭園(きゅういわさきていていえん)は、東京都台東区池之端一丁目にある都立庭園である。三菱財閥岩崎家の茅町本邸だった建物とその庭園を公園として整備したもので、園内の歴史的建造物は、国の重要文化財に指定されている。
説明の出典:旧岩崎邸庭園 · 日本語Wikipedia執筆者 · CC BY-SA 4.0(抜粋・短縮)
昌清寺は、本郷一丁目にある浄土宗の寺院。嶺松山弘願院と号し、徳川家にゆかりのある寺として知られる。寺院資料では徳川忠長の乳母、お清の方の法名「昌清院」が寺名の由来と伝わる。本尊は阿弥陀如来で、江戸幕府ゆかりの女性の供養を伝える。
参考資料:昌清寺(資料をもとに当サイトが作成)
明王院は、台東区谷中の真言宗豊山派寺院。天瑞山と号し、江戸の御府内八十八箇所めぐりでは第57番札所に数えられる。江戸期には神田方面から谷中へ移ったと伝わり、寺町形成の歴史に関わる。参拝路をたどると、巡礼の文化と周囲に密集する寺院の街並みを見られる。
参考資料:寺院ごとの由緒(資料をもとに当サイトが作成)
春性院は、上野桜木に残る寛永寺子院群の一寺。寛永寺は江戸城の北東に築かれた徳川家の祈祷寺で、後に将軍家の菩提寺にもなった。台東区の文化資料は春性院を現存子院に挙げる。上野公園の文化施設と隣接する寺院群は、上野が寺町から近代的な公園へ移り変わった歩みを伝える。
参考資料:寛永寺の子院を歩く(資料をもとに当サイトが作成)
1588年に江戸の和田倉門付近で創建された曹洞宗の曹源寺。明暦の大火後に松が谷へ移り、合羽屋喜八と河童の伝承から「かっぱ寺」と呼ばれる。浅草周辺では江戸の市街地拡張や大火の後に寺院が集まり、現在も細い街路に多くの寺社が並ぶ。境内の墓所と参拝できる場所は現地の案内で確かめたい。
参考資料:曹源寺 (台東区)(資料をもとに当サイトが作成)
最上寺は、下谷一丁目の寺院が並ぶ通りにある浄土宗の寺。極善山知願院と号し、寺院資料では野々山新兵衛らが江戸初期に開き、高誉が開山したと伝える。近くの泰寿院も同じ野々山家に由来する。寺院同士のつながりから、武士の一族が下谷に築いた信仰の場をたどれる。
参考資料:最上寺(資料をもとに当サイトが作成)
最尊寺は誠心院教院法師を開基と伝える浄土真宗系の寺。元浅草に位置し、山号は菩提山。江戸の市街地拡張と火災後の寺院移転によって、東上野・元浅草・西浅草に寺町が形成された。個々の寺では山門や由緒書きから、その寺だけの歩みを確かめたい。
参考資料:最尊寺の由緒(資料をもとに当サイトが作成)
本光寺(ほんこうじ)は、東京都台東区谷中にある日蓮宗の寺院。山号は長源山。旧本山は平賀本土寺、奠師法縁(奠統会)。江戸時代後期の洋風画家石川大浪と人力車の改良で知られる秋葉大助の墓所がある。人頭さんと呼ばれる頭の神を祀る。
説明の出典:本光寺 (台東区) · 日本語Wikipedia執筆者 · CC BY-SA 4.0(抜粋・短縮)
本妙院は、谷中四丁目にある瑞輪寺ゆかりの日蓮宗寺院。慈雲山と号し、1645年に堯仙院日円が神田の瑞輪寺内に本妙坊として開いたと伝わる。1649年に瑞輪寺とともに谷中へ移転した。境内には妙見堂もあり、江戸初期の寺院移転と法華信仰の歴史を伝える。
参考資料:本妙院(資料をもとに当サイトが作成)
本行寺は真宗高田派の寺院。1616年に山中泰巌が開山したと伝わる。寺号や境内の碑から江戸の寺町に残る信仰をたどれる。浅草周辺では江戸の市街地拡張や大火の後に寺院が集まり、現在も細い街路に多くの寺社が並ぶ。境内の墓所と参拝できる場所は現地の案内で確かめたい。
参考資料:本行寺 (台東区)(資料をもとに当サイトが作成)
本通寺は、谷中四丁目にある法華宗陣門流の寺院。法栄山と号し、寺院資料では1611年に八丁堀で開かれ、下谷を経て1660年に谷中へ移ったと伝わる。江戸の大火や町の整備に伴う寺の移転の歴史を残し、玉林寺周辺に集まった法華宗寺院の一つでもある。
参考資料:本通寺(資料をもとに当サイトが作成)
本郷給水所公苑は、東京都水道局の給水施設の上部に設けられた文京区立公苑。武蔵野の雑木林を思わせる和風庭園と、約53品種のバラを植えた西洋庭園がある。和風庭園の奥には江戸時代の神田上水石樋も復原展示され、花と水道史を同じ散策路で楽しめる。
参考資料:水道・橋梁の資料(資料をもとに当サイトが作成)
本郷薬師堂は、本郷の町なかで薬師如来をまつる小堂。かつてこの一帯にあった真光寺と関わる薬師堂で、現在も本郷の人々に親しまれている。文京区が掲載する本郷同四会の年中行事にも「初薬師(本郷薬師)」が挙げられ、地域の信仰が続いていることが分かる。本郷の街歩きで寺町の面影に触れられる場所である。
参考資料:本郷同四会・初薬師(資料をもとに当サイトが作成)
来應寺は浄念が1648年に湯島で開き、1691年に西浅草へ移った真宗大谷派の寺。浅草・東上野の寺町には宗派や創建地の異なる寺が密集する。境内や墓地の公開範囲を確かめ、山門と由緒書きから各寺の来歴をたどりたい。
参考資料:来応寺(資料をもとに当サイトが作成)
東京国立博物館(とうきょうこくりつはくぶつかん)は、日本と東洋の文化財(美術品、考古遺物など)の収集保管、展示公開、調査研究、普及などを目的として独立行政法人国立文化財機構が運営する、日本の国立博物館である。東京都台東区の上野恩賜公園内にある。1872年(明治5年)に創設された日本最古かつ最大の博物館であり、本館、表慶…
説明の出典:東京国立博物館 · 日本語Wikipedia執筆者 · CC BY-SA 4.0(抜粋・短縮)
東京大学総合研究博物館(とうきょうだいがくそうごうけんきゅうはくぶつかん、英称:The University Museum, The University of Tokyo, 略称:UMUT)は、国立大学法人東京大学の全学センターとして設置されている教育研究機関かつ博物館である。1966年(昭和41年)4月に開館した。…
説明の出典:東京大学総合研究博物館 · 日本語Wikipedia執筆者 · CC BY-SA 4.0(抜粋・短縮)
東京都水道歴史館(とうきょうとすいどうれきしかん)は、東京都文京区本郷にある東京都水道局が運営するPR施設である。 1995年(平成7年)4月15日開館。従来、西新宿にあった東京都水道記念館を閉館して、本郷給水所に隣接する東京都水道局本郷庁舎2号館(水運用センターおよび水質センターも併設)に新設された。東京水道400年…
説明の出典:東京都水道歴史館 · 日本語Wikipedia執筆者 · CC BY-SA 4.0(抜粋・短縮)
東京都美術館(とうきょうとびじゅつかん)は、東京都台東区上野公園8番36号(上野恩賜公園内)にある都立美術館である。略称都美。旧称東京府美術館。 「都民のための美術の振興を図る」ことを目的とし、東京都美術館条例に基づき都が設置する公立美術館である。設計は前川國男。指定管理者制度により東京都歴史文化財団が管理を受託してい…
説明の出典:東京都美術館 · 日本語Wikipedia執筆者 · CC BY-SA 4.0(抜粋・短縮)
寛永寺(かんえいじ)は、東京都台東区上野桜木一丁目にある天台宗関東総本山の寺院。山号は東叡山(とうえいざん)。東叡山寛永寺円頓院と号する。開基(創立者)は江戸幕府3代将軍の徳川家光であり、開山(初代住職)は天海、本尊は薬師如来である。 徳川将軍家の祈祷所・菩提寺であり、徳川歴代将軍15人のうち6人が寛永寺に眠る。17世…
説明の出典:寛永寺 · 日本語Wikipedia執筆者 · CC BY-SA 4.0(抜粋・短縮)
東淵寺は、池之端二丁目にある臨済宗妙心寺派の寺院。1875年、寺の一部を借りて公立の忍岡学校が開校した。台東区立忍岡小学校の沿革によると、もと寺子屋で学んだ子どもたちも寺の庫裡で机を並べ、読み書きや算術を習った。池之端の近代教育の始まりを伝える寺院。
参考資料:忍岡小学校沿革史(資料をもとに当サイトが作成)
東漸院は、上野桜木の寛永寺子院が並ぶ一画にある寺院。江戸期の寛永寺は広い寺地に子院を構え、徳川家の法要を支える宗教都市のような景観を作った。台東区の文化資料は東漸院を現存する子院に数える。上野戦争で主要伽藍が失われ、寺地が公園や博物館に変わった後も、この周辺に子院が集まっている。
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