鹿児島県 / AREA GUIDE
照国神社から海辺の公園や水族館へ。城山周辺と鹿児島中心部の歴史・景観を組み合わせられます。
写真や説明を読み、気になる場所を選んでみましょう。
中心から約2.5kmを目安にした周辺検索エリアです。正式な地域境界や徒歩圏を示すものではありません。
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歴史・文化
鹿児島市加治屋町にある西郷隆盛の弟・従道の誕生地。従道は1843年に生まれ、若いころ伊地知正治から兵学を学んだ。戊辰戦争後は欧州視察を経て政府の軍務に入り、台湾出兵を指揮し、後には海軍大臣や内務大臣などを務めた。周辺には兄の隆盛や大久保利通ら、幕末維新期の人物に関わる地点が集まる。
参考資料:史跡・観光スポット個別解説(資料をもとに当サイトが作成)
西郷隆盛の弟・従道が東京の目黒に構えた邸宅の庭にあった石。目黒区が庭園跡を公園として整備する際、従道の故郷である鹿児島市に寄贈された。東京の旧邸宅と鹿児島を結ぶ記念物として、幕末から明治の西郷家の歩みを伝える。
参考資料:地点ごとの調査資料(資料をもとに当サイトが作成)
自然
鹿児島県西南戦争の終盤に西郷隆盛が過ごした城山の洞窟。薩軍は1877年の九州各地での戦いを経て鹿児島に戻り、9月に城山へ立て籠もった。西郷は桐野利秋らとともに、この洞窟で最期の五日間を過ごしたと伝わる。洞窟は最後まで薩軍の指揮をとった場所として紹介される。
鹿児島市加治屋町にある西郷隆盛と弟・従道の誕生地。兄弟が青年期まで過ごした場所で、近くには大久保利通をはじめ明治維新に関わった人物のゆかりの地が集まる。隆盛は倒幕の中心人物となり、従道は維新後に海軍大臣や内務大臣を歴任した。市の観光案内は周辺を歩いて学べる史跡として紹介する。
西郷隆盛の誕生地と大久保利通が少年期を過ごした地を示す記念碑。二人は甲突川沿いの近い地域で育ち、郷中教育を受けて幕末の薩摩で活動した。明治維新をともに進めながら、後には別々の道を歩んだ二人の原点をたどれる。
鹿児島にゆかりのある物理学者・赤崎勇のノーベル物理学賞受賞を記念する碑。青色発光ダイオードの研究により2014年に受賞し、光源の省エネルギー化に道を開いた。学生時代まで鹿児島で学び、後に市民栄誉賞を受けた。
薩摩藩主・島津重豪が1773年に創設した藩校「造士館」と武芸の道場「演武館」の跡。造士館では藩士の子弟が朱子学などを学び、演武館では剣術・槍術・馬術を鍛えた。西郷隆盛や大久保利通もここで学んだ。
国道3号終点、国道10号終点、国道225号終点
明治期に鹿児島県内の道路整備が進められたことを記念する碑。1887年に鹿児島―川内間の工事に着手し、約5年と50余万円を費やして県内の六つの幹線道路が開通したことを伝える。 鹿児島市の史跡めぐりガイドでも紹介され、城下町の歴史を現地でたどることができる。
参考資料:鹿児島市史跡めぐりガイドブック中央地区PDF 49頁(資料をもとに当サイトが作成)
金比羅神社は、鹿児島市南林寺町9番の住宅地に鎮座する神社。南林寺町は港と旧市街の間にあり、海上安全を願う金比羅信仰が町内に残る。Yahoo!マップにもこの地点の社として掲載され、近くには南洲寺や南林寺跡に由来する寺町の景観がある。港町鹿児島の信仰をたどる際に立ち寄れる。
錦江湾を泳いで渡る遠泳の歴史を伝える碑。鹿児島市立松原小学校の敷地に置かれ、海に親しみながら体力と挑戦する心を育てる地域の行事を記念する。湾の向こうに桜島を望む鹿児島ならではの水泳文化に触れられる。
新町の「鎮魂の碑」は、1945年6月17日の鹿児島大空襲で亡くなった人々を悼む戦災慰霊碑。地元町内会が守る石碑で、空襲を経験した家族の記憶を伝える文字が刻まれている。戦時中の鹿児島市街が広く焼かれた出来事を、繁華街に近い日常の通りで思い起こさせる場所である。
芸術・学び
長島美術館(ながしまびじゅつかん)は、鹿児島県鹿児島市武三丁目にある美術館。 1989年(平成元年)10月、鹿児島市制施行100周年に合わせて開館した。収蔵品は長島企業グループの創立者である長島公佑のコレクションをもとにしており、黒田清輝、和田英作、藤島武二などの地元作家や、マルク・シャガール、オーギュスト・ロダンら国…
説明の出典:長島美術館 · 日本語Wikipedia執筆者 · CC BY-SA 4.0(抜粋・短縮)
薩摩藩英国留学生の一人、長沢鼎が少年時代を過ごした本籍・生い立ちの地を示す碑。長沢は渡英後に米国へ渡り、カリフォルニアでぶどう栽培とワイン醸造を発展させた。誕生地とは別の、家族の生活を伝える地点。
長沢鼎が生まれた場所を示す碑。1852年に鹿児島城下で磯永彦輔として生まれ、13歳で薩摩藩英国留学生に選ばれた。英国で学んだ後に米国へ渡り、カリフォルニアのワイン産業に関わった人物の出発点を伝える。
鹿児島市高麗町にある薩摩藩の学者・関勇助の誕生地。関は島津斉彬に重用され、飢饉に備える制度や郷校の整備、蝦夷地開拓計画などの検討に関わった。西郷隆盛や大久保利通らの若手の指導にも熱心だったと伝わる。誕生地は、藩の改革と人材育成を支えた人物の足跡を示す。
「雪に耐えて梅花麗し」と刻まれた西郷隆盛ゆかりの詩句を示す碑。厳しい寒さに耐えた梅が美しく咲くという意味が、苦難を経て人が成長することのたとえとして親しまれる。西郷の人物像を伝える言葉を町なかで読める。
鹿児島城(かごしまじょう)は、鹿児島県鹿児島市城山町にあった江戸時代の日本の城。別名、鶴丸城(つるまるじょう)。 鶴丸城は通称であり、絵地図や文献など記載されている正式名称は鹿児島城である。城山を原良側のあたり、特に原良の高台から見た際に鶴が羽を広げたように見えることから、城山のことを通称で「鶴丸山」と江戸時代中期以前…
説明の出典:鹿児島城 · 日本語Wikipedia執筆者 · CC BY-SA 4.0(抜粋・短縮)
鹿児島市立美術館(かごしましりつびじゅつかん)は、鹿児島県鹿児島市城山町にある美術館。 鹿児島市が運営している。近隣には西郷銅像、鹿児島県立博物館、鹿児島県立図書館、鹿児島県歴史資料センター黎明館、かごしま近代文学館・かごしまメルヘン館などがあり、「かごしま文化ゾーン」を形成している。
説明の出典:鹿児島市立美術館 · 日本語Wikipedia執筆者 · CC BY-SA 4.0(抜粋・短縮)
西郷南洲顕彰館(さいごうなんしゅうけんしょうかん)は、鹿児島県鹿児島市上竜尾町にある資料館である。1978年7月に開館、南洲公園内の南洲神社西郷隆盛墓所の隣に建っている。西郷隆盛を中心に大久保利通や明治維新について展示しており、近隣には西南戦争で西郷軍が決起した私学校址の石垣、最後の戦いが行われた 城山、西郷洞窟、西郷…
説明の出典:西郷南洲顕彰館 · 日本語Wikipedia執筆者 · CC BY-SA 4.0(抜粋・短縮)
維新ふるさと館(いしんふるさとかん)は、鹿児島県鹿児島市加治屋町にある歴史博物館。主に明治維新を中心に薩摩藩や日本の歴史についての展示を行っている。
説明の出典:維新ふるさと館 · 日本語Wikipedia執筆者 · CC BY-SA 4.0(抜粋・短縮)
鹿児島市の路面電車発祥を伝える高麗町の記念地点。1912年に鹿児島電気軌道が武之橋―谷山間の運行を始め、市内交通の基礎をつくった。旧武之橋変電所の石材は新しい変電所に再利用され、開業期の面影を残す。
その他
1934年に建設された旧鹿児島港北防波堤の灯台。現在は鹿児島市内に保存・展示されている国の登録有形文化財。
鹿児島港本港新町の南埠頭にある防波堤灯台。港に出入りする船に港口の位置を知らせる航路標識で、かごしま水族館の北東側の海辺から望める。錦江湾の航路と桜島を背景に、鹿児島の海上交通を支えてきた港の設備を間近に感じられる。
鹿児島県歴史・美術センター黎明館(かごしまけんれきしびじゅつセンターれいめいかん)は、鹿児島県鹿児島市城山町にある資料館である。1983年(昭和58年)10月開館。 島津氏の居城であった鶴丸城跡に建っている。近隣には西郷銅像、鹿児島県立博物館、鹿児島県立図書館、鹿児島市立美術館、かごしま近代文学館・かごしまメルヘン館な…
説明の出典:鹿児島県歴史・美術センター黎明館 · 日本語Wikipedia執筆者 · CC BY-SA 4.0(抜粋・短縮)
鹿児島県立博物館(かごしまけんりつはくぶつかん、英語: Kagoshima Prefectural Museum)は鹿児島県鹿児島市にある博物館である。本館、別館、旧考古資料館からなる。
説明の出典:鹿児島県立博物館 · 日本語Wikipedia執筆者 · CC BY-SA 4.0(抜粋・短縮)
鹿児島神社(かごしまじんじゃ)は鹿児島県鹿児島市草牟田二丁目に鎮座する神社。一之宮神社や川上天満宮とともに鹿児島三社の一つであり、当社は二の宮にあたる神社である。旧くは「宇治(氏)瀬神社」と称された国史見在社で、旧社格は県社。鹿児島県護国神社に隣接する。
説明の出典:鹿児島神社 (鹿児島市) · 日本語Wikipedia執筆者 · CC BY-SA 4.0(抜粋・短縮)
甲突川河畔の「JC千本桜」を示す地点。鹿児島青年会議所が1975年に始めた川の清掃活動から桜並木づくりへ発展し、1977年から1979年にかけて地域住民や小中学生の協力で計千本が植えられた。高見橋から下流へ続く川沿いは、春の花見と日常の散歩の場になっている。
甲突川河畔に続くJC千本桜の下流側を示す地点。鹿児島青年会議所の呼びかけに応じ、1977年に250本、1978年に350本、1979年に400本の桜が植えられた。川をきれいにし、市民の憩いの場をつくろうという活動から生まれた並木で、花の季節には河畔の散策が楽しめる。
あさひ坂公園は、鹿児島市永吉町の坂道に沿った住宅地の街区公園。国土交通省の都市公園データを利用した地図ナビでは、面積1,500平方メートル、開設年度1999年と記録される。明和方面と永吉方面を結ぶ丘陵地にあり、近所の子どもの遊びや、起伏のある道を歩くときの休憩場所として使える。
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