特徴
いろは丸事件談判跡は、1867年に坂本龍馬ら海援隊の船いろは丸が紀州藩の船と衝突・沈没した後、両者が話し合った鞆の浦の旧町役宅・魚屋萬蔵宅の跡を指す。龍馬らは桝屋清右衛門宅に宿泊し、交渉はここや福禅寺対潮楼で行われた。現在の御舟宿いろは付近で、港町に残る幕末史をたどれる。
参考資料:鞆の浦といろは丸事件(資料をもとに当サイトが作成)
おすすめ
「いろは丸事件談判跡」は、史跡の由来や、土地に残る歴史の手がかりを探したい人におすすめです。掲載説明や現地の案内を読み、現在の地形や町並みと過去の出来事を結びつける楽しみ方がおすすめです。
季節ごとの見どころ
通年の見どころ
その場所の由来と、現在の風景とのつながりに目を向けられます。遺構や建物が残る範囲は場所によって異なるため、紹介にある内容を手がかりに歴史をたどれます。
おすすめ・季節の参考情報
掲載説明と参考資料をもとに編集。確認日:2026-10-29